kittiwake0730’s blog

2017衆院選 街宣の書き起こしをのせています

枝野幸男代表@秋葉原電気街口・東京大作戦vol.2~街宣書き起こし

雨の中にもかかわらず、ほんとうにたくさんのみなさんにお集まりをいただき、ありがとうございます。
立憲民主党代表の枝野幸男でございます。
10月2日にひとりで記者会見をして、呼びかけました。
立憲民主党」を立ち上げました。
多くのみなさんから、
「このままでは受け皿がない」「投票する先がない」
大変力強く背中を押していただき、立憲民主党を立ち上げましたが、こんな短い期間で こんなにたくさんのみなさんから応援をいただけるとは、正直思っておりませんでした。
ほんとうにありがとうございます。
それだけ多くのみなさんが、今の政治に不満や、苛立ちを覚えていらっしゃった。
政治が国民のみなさんから離れてしまっていた。
わたしも24年、国会にいました。
そのひとりとして、逆に大きな責任を感じています。
今こそ本当の民主主義を この国にスタートさせようではありませんか。
上からの政治に偏りすぎている、今の日本の政治を
国民の暮らしの声に寄りそった そんな政治へ
右でも左でもなく、前に進む政治に みなさん 第一歩を踏み出そうではありませんか。
上からの政治、上からの政策で国民が分断をされてしまっています。
アベノミクスは、強いものを確かにより強くしました。
今日も株価が上がったそうです。
じゃあそれに引っ張られて日本全体が良くなる。津々浦々に豊かさが行き渡る。
もう5年経とうとしています。果たして、そうなったでしょうか。
残念ながら、強いものがより強くなる一方で 多くのみなさんが取り残されて格差が拡大をしている。それがこの5年間だったのではないでしょうか。
高度成長の時代は確かに、輸出企業が世界中に「Made in Japan」を売って、稼いで。
それが津々浦々に行き渡る時代でした。
分厚い中間層が作られ、日本は経済大国になりました。
でも今の日本は違います。
新興国の追い上げ、少子化高齢化、人口減少。
残念ながらそこに正面から向き合わないと、強いものをより強くすれば日本全体が良くなるという過去の成功体験に引っ張られていた。
残念ながら日本の未来は切り開いていけない。わたくしはそう思います。
この間、競争を煽る政治でした。
規制を取っ払って自由にすれば、競争が加速すれば、世の中は良くなる。
確かに、競争は大事です。自由主義の経済です。
でも競争の前に、公正公平なルールがなければいけない。
公平公正なルールが守られなければならない。
それは、政治の責任、政治の役割ではないでしょうか。
その役割と責任を放棄して、ただ自由にすればいい競争させればいい、
その結果が落差を生み、日本の閉塞状況を作ってきたのではないでしょうか。
いろんなところにその弊害が出ます。
例えば、働き方です。
この国では今働く人の4割が非正規です。少なくともそのうち半分はほんとうは正社員になりたいのに、残念ながらその口が無いために非正規で働いています。
働かせる側からすれば、賃金は安いし、簡単にクビが切れるし、

こんな便利なことはありません。
でも働く側からみたらどうでしょうか。
働くということは自分と家族の日々の営み、日々の生活を支えるために行われているのです。
日々の営みはまさに日々連続しています。
いつでも簡単にクビが切れる、いつクビを切られるかわからない。
そんな不安定な働き方では、残念ながら、安定した暮らしを営むことはできません。
こんな状況を作ってしまったから、経済景気も良くならない。
例えば、若者の自動車離れと言われています。
若者の数が減ってるんですから、自動車の売れ行きが悪くなるのはあたり前です。
それに輪をかけて年収100万150万。いつクビになるかわからない非正規雇用
ローンも組めないんですから、自動車買うどころじゃないじゃないですか。
そういう人たちを増やして、景気が悪いのあたり前じゃないですか。
少子化の中で進学をしたいと希望し、その意欲と能力もあるのに
経済的な理由で進学をあきらめている若者が少なからずいます。
ただでさえ少ない若者のなかで そうした事情で自分の能力を発揮できない。
そんな若者を増やして この国はこれから だれが支えていくんですか。
だれが引っ張っていくんですか。

格差や貧困は 決して当事者の問題だけではありません。
今は勝ち組だと思っているあなたも
日本を支えていく日本を引っ張っていく、そうした力が弱まっている こんな状況の中では
次はあなたも その被害にあうかもしれない。
だから社会は「お互い様」と「支えあい」なんです。
競争を煽ると。ならば、その前に公平公正なルールを。
正社員で働くのがあたりまえだった30年前の日本。
そうしたルールに戻していこうではありませんか。
働き方という意味では過労自殺ブラック企業
そしてサービス残業という不思議な日本語がこの国にはあります。
残業したら残業代を払う。これは法律で決められています。ルールです。
残業したのに残業代が払われていない。
ルール違反が横行してサービス残業だなんて言葉に置き換えられている。
ルールを守らせる責任はどこにありますか?
政治の責任じゃないですか?
それなのにもし解散をせずに国会が開かれていたら
「残業代ゼロ法案」が審議をされることになっていました。
この選挙が終わったらまた持ち出されます。
ルールで残業代払わなきゃいけないことになっているのに
その法律が守られていない日本で、
残業しても残業代払わなくていいなんて仕組みを導入するなんていうのは
まったく向かってる方向が逆だと思いませんか?
公平公正なルールで。

それを守らせることでまっとうな社会を取り戻そうではありませんか。
競争を煽る一方でもうひとつ。この国の政治がやたら口にしている言葉があります。
「自己責任」という言葉です。
たしかに人生は自己責任です。わたしも自己責任で「立憲民主党」を立ち上げました。
でも人生を通じて自己責任だけでやっていける人が世の中にどれくらいいるんでしょうか。
人生の中には必ず自分の力だけではどうにもならないことがある、
それはどなたにでもあることじゃないでしょうか。
人間 年を取ればどうしても体が弱くなって、介護が必要になったりします。
今の日本社会では、夫婦ふたりだけで子育てをしていく仕事と両立をさせる、
とても困難が大きいです。そして今は健康でそこそこの稼ぎがあって、
自分は勝ち組だと思っているあなたも もしかすると明日病気になるかもしれない。
事故にあって体が不自由になるかもしれない。それがわたしたちの人生じゃないですか。
そんな時に 困った時にしっかりと寄り添う、自分の力だけではどうにもならない時にそれを支える役割、それが政治なんじゃないでしょうか。

まっとうな政治なんじゃないでしょうか。
しっかりと困った時に寄り添う。

そのための仕組みをもう一度この国に作り直していこうじゃありませんか。
例えば介護。
介護を必要として待ってらっしゃる方はたくさんいます。
介護施設。空きベッドが1割あります。なぜ、入れないんですか。
職員が集まらないからです。
保育所が足りない。悲鳴が上がっています。土地や建物を確保するという問題もありますが、やはり保育所も保育士さんを確保するのに大変苦労しています。
なぜでしょう。

保育士さんも介護職員も場合によっては命に関わる、大変責任の重い仕事です。
しかも重労働です。にもかかわらず平均的な賃金よりずっと低いんです。
この国は資本主義の国だったんじゃないですか?
資本主義の国では市場の原理では、欲しい人がたくさんいて売ってるものが少なければ
値段は上がる。これが市場原理です。
需要が多くて供給が少なければ値段は上がるんです。賃金も一緒です。
介護のサービスが不足している。保育のサービスが不足している。
そんな中で人が集まらないならば賃金は上がらないとおかしいんです。
なぜ上がらないのか。それは、政治の責任です。
保育も、介護も、国が政治が、そこにどのくらいのお金を使うのか、
それが低く抑えられているから、払いたくても払えない。だからいつになっても人手不足で、介護も保育もサービスが足りないんじゃありませんか。
限られた予算、財源です。バラ色の夢みたいなことをいうつもりはありません。
でも!優先順位を変えましょうよ。 
例えば災害の復旧や、例えば古くなって危険な公共施設の補修やこうした公共事業は
優先度が高い。急がなければなりません。
でも新しい道路や新しい建物、施設。ないよりあった方がいいでしょう。
早くできたほうが便利でしょう。

でもそのことと少子高齢社会の中で安心して年を重ねる、安心して子どもを産み育てる。そのことのための、人手不足を解消するために、その人件費を底上げする方が、優先度が高いと私は思いますがみなさんいかがでしょうか。
所得の低い人の賃金を底上げすれば、それは当事者の問題だけではありません。
所得の低い人ほど、手にした収入を高い比率で消費に回ります。
生活カツカツなんですから当然です。
所得が多くなればなるほど、所得が増えても消費にまわりません。
年収1億の人が2億になっても増えた1億円、その辺で使ってくれますか?
でも年収100万150万の人が300万になれば、増えた分もともとカツカツなんだからまず消費に回ります。
消費を増やすためにも、所得の低い、しかも必要性の高い仕事をしている人たちの賃金に限られたお金を回すべきじゃないでしょうか。
もともと必要なサービスですから、雇用の場も広がって新しい仕事ができます。
そして、老後や子育ての安心が高まればそれも、結果的に消費の増大につながります。
経済を立て直すためにも、社会を下から支えて押し上げる、
新しい選択肢が必要だと思います。
政策が上からになっているのは、政治の姿勢が上からになってしまっているからだと
わたくしは思います。
国民から負託を受けているんだから、自分は国会議員だから、自分は総理大臣なんだからだから何をしてもいいんだ。

そんな勘違いをしているのをみなさん感じられませんか?
その一番極端なのが安保法制です。
平和の問題としても深刻な話です。でもそれ以上に、わたしたちの党名立憲民主党の「立憲主義」。
最初古臭い、堅い、憲法の憲の字がむずかしい。反対意見もありました。
でも、これは近代社会の基本的なルールです。大前提です。
権力は、自由気ままに勝手をやっていいわけではない!
どんな権力もルールにしたがって使われなければならない。
そのルールを「憲法」と呼ぶんです。
権力を持っている人ほど、その憲法に従って、憲法に寄り添って仕事をしなければならない。
こんなことは近代国家ならば、主義主張を超えてあたりまえの大前提です。
集団的自衛権憲法違反だ。誰が言ったんでもありません。
アメリカから押し付けられたわけでも野党から言われて決めたわけでもありません。
歴代自民党政権みずからが、日本の領土領海は個別的自衛権でしっかり守るけれども
海外に自衛隊が行って戦争はしない。集団的自衛権憲法違反。
自民党がみずから言ってきたルールです。
それを勝手に変えてしまった。それが集団的自衛権安保法制です。
北朝鮮の脅威を煽っています。たしかに北朝鮮のミサイル開発や核開発に対しては、
わたしたちの国は毅然とした姿勢を示さなければなりません。
国際社会と協調して、やめさせるためにしっかりとした圧力も必要です。
ただ万が一にも北朝鮮が日本を攻めた時、日本の領土や領海を攻めてきた時に
それを守るのは個別的自衛権なんですから、これまでの憲法解釈でも個別的自衛権は合憲なんです。
ほんとうに危機が迫っているなら、それをいかに充実させるのか。
これが地に足をついた安全保障政策だとわたくしは思います。
にもかかわらずそれを利用して、領土領海攻められてもいない時の集団的自衛権
国会の答弁では「場合によっては中東ホルムズ海峡まで行ける」と言っているんですよ。
日本の周辺に危機が高まっているなら、限られた自衛隊のみなさん、遠くに行かせるだなんてことはまったく逆じゃないですか?
憲法に従って権力を使うという、まっとうな政治を取り戻さなければなりません。
そして民主主義もはき違えていると思います。
たしかに民主主義と多数決は切っても切り離せないものです。
でもイコールではありません。
国会で多数を持っているから、国民の声を無視して、反対意見を敵に回して分断して
なんでも決めていいのが民主主義ではありません。
だいたいみなさんこれまで選挙で投票するときに、
投票した人に白紙委任をするつもりで投票してますか?違いますでしょう?
選挙というのは限られた候補者の中から自分の考えに一番近い人選ぶしかありません。
だから白紙委任をするんじゃありません。
一番近い人を選ぶけれども、国民の声に耳を傾けながら物事を進めていってくれ!
自民党に投票している人だってそうなんじゃないですか?
民主主義は読んで字のごとく、国民が主役の政治です。
国民みんな主権者みんなで決める。それが民主主義です。
一億2千万人が集まることができないから、やむなく国会議員を選挙で選ぶんじゃありませんか。
みんなで議論をしても議論がまとまらない。1億2千万人いたら必ずまとまりません。
だから最後の最後の手段として多数決を取るんじゃないですか。
でもその大前提があります。

主権者である主役である国民のみなさんがしっかりと判断できるように
まずは徹底して情報公開をすること!
森友、加計、自衛隊PKOの日報問題。情報を隠すごまかす、それどころか開き直る!
これでは、民主主義の前提が崩れています。
そしてもちろんスピードが求められる時代ですから、即断即決が必要な場合、
強いリーダーシップが必要な場合もあります。
でもその一方で価値観が多様化しているじゃないですか。
国民の暮らしも、多様になってるじゃないですか。
一億総中流と言われた時代があったけれどもいまや
都市と地方、高齢者と若者、持てる者と持たざるもの、正社員と非正規。
いろんな暮らしがこの国にはある。多種多様な暮らしと多様な意見がある。
そんな時代だからこそ、様々な声に耳を傾けて。全員が納得することはありません。
でも!できるだけ多くのひとに納得してもらって進めていく。
これがほんとうの民主主義じゃないでしょうか。
ほんとうの民主主義を取り戻さなければならない。
わたくしも国会で24年仕事をさせていただいて、
永田町の論理に影響されていた側面があったのではないか。反省をしています。
でも、今回、「受け皿がない」という声に背中を押していただき、立憲民主党を立ち上げる。その決意をするにあたって、そしてまだ半月も経っていないにも関わらず
これだけ多くのみなさんが「立憲民主党」にご期待をしていただいている。
それだけ、政治が、本来の民主主義から離れてしまっている!
政治が国民から離れてしまっている!そのことを痛感をしています。

国民の政治離れ。そう言われてきました。わたくしはそれはまちがいだったと気づきました。

国民が政治離れをしているんじゃない。政治が国民から離れてしまっている。それが今の日本なんじゃないでしょうか。

わたしも、わたしたちも、満点ではないかもしれません。でも、ちゃんと国民と一緒に歩む民主主義。それがまっとうな民主主義だ。
まっとうな政治だ!そういう思いをもって第一歩を踏み出しました。
ぜひみなさん!一緒に歩いてください!
先ほど2区の松尾さんがお訴えをしました。今1区の海江田さんも到着をしました。
みなさんのおかげ様で、ふたりとも今、大変な激戦を展開をしています。
わたしたちが新しい政治勢力として、まっとうな政治を取り戻す!
そのためには、この選挙で国会の中に、一定の存在感を示せるような結果を出させていただきたい。
そう思っています。
特に!残念ながらほんとうの立憲主義や民主主義、それに気づいておられない安倍政権。
これ以上暴走させないためには、一議席でもそこをひっくり返していかなければならない。
そう思っています。そのためには比例で立憲民主党と書いていただくことも
大変ありがたいんだけれども、小選挙区で接戦を演じている1区の海江田さん、2区の松尾さん。
小選挙区自民党議席をひっくり返す!
このことが次へとつながっていく。国民の声が、少しでも届く政治につながっていくと
わたくしは思いますがみなさんいかがでしょうか。
今までは受け皿がない。自分の立候補する政党がない。でも無所属で戦おうか。
迷っていた枝野幸男を、旗を立てなきゃいけない。受け皿を作らなければならない。
そう決意をさせていただいたのは、背中を押してくださった、
「枝野立て」と言ってくださった、あなたです。
立憲民主党をつくったのは、だから枝野幸男ではありません。
わたしの背中を押して、「枝野立て」と言ってくださった
あなたが作った政党、それが「立憲民主党」です。
今までの政治なら「海江田さんと松尾さんをよろしくお願いします」と
言うべきなのかもしれません。
でも、新しい政治は違うんじゃないか。
ほんとうの民主主義というのは、政治家が主役ではありません。
政党が主役ではありません。
選挙の主役は有権者のみなさん国民のみなさん、おひとりおひとり、
みなさんが選挙の主役。当事者です。
あなたの声が、届く。少しでも、近づく。
そんな政治をつくるために、ぜひ、海江田さんと、松尾さんと、立憲民主党
いっしょに戦いませんか、みなさーん!!
いっしょに戦っていただくことで、
日本の民主主義を、もう一段、前へと進めようではありませんか。
そして格差拡大をし、分断が拡大をしてきたこの日本。
もう一度、みんなが安心して暮らせる、お互いさまに寄り添える、
そんな社会を、取り戻す、第一歩を踏み出そうではありませんか。
わたしたちも全力で戦います。
でも、わたしにはあなたの力が必要です!
一緒に戦いましょう!一緒にがんばりませんか?
日本の明日のために!あなたのくらしの明日のために!
わたしたちと、いっしょにがんばりましょう!
わたしたちも一生懸命がんばります!
どうぞよろしくおねがいいたします。
ありがとうございます。ありがとうございます。

 (SNS等にアップしていただいた動画をもとにウミネコが書き起こしたものです。配信ありがとうございました)